資本制経済は近代になって成立しました。その近代とは、フランス大革命のスローガン「自由、平等、博愛」、そしてそれを明文化した「人権官言」(1791年)に見られるように、個々人には人としての不可侵の権利があるという自覚が切り開いたものです。しかし、その結果として現実に生まれた経済体制は、自由のなかでも営利活動の自由をこそもっとも重要視する経済体制、平等と博愛の実現には不熱心な経済体制、つまり資本制経済でした。マックス−ウェーバーの表現を借りるなら、資本制経済は「思わざる結果」、意図されない結果として、人類の歴史の近代に生み落とされたのです。マルクス的に言えば、資本制経済は生産手段を私有する人々とそうでない人々とに社会が2分されている階級社会。ただしマルクスが強調してやまないように、それはそれまでの階級社会と決定的にちがう点をもっている。
生産者の言い分か通りにくいのは、農産物価格が諸外国に比べて極端に割高だからです。コメの生産者価格はアメリカの7倍、牛肉の小売価格は2倍もしています。「食料自給率の引き上げが急務」、「そのためには値段が高くても我慢を」といわれても、内外価格差がこれほど大きいと消費者も納得しません。しかも、戦時下の食糧を確保するためにつくられた食糧管理法(食管法)が、飽食の時代を迎えたいまも存続しており、そのためにコメが過剰になっても、値段は安くならない仕組みになっています。工業や金融に比べて、日本の農業の生産基盤が弱いのは、経営規模が零細で、専業農家が少ないからです。農家1戸当たりの農地面積は1ヘクタール、アメリカ(約190ヘクタール)には及ばないのはもちろん、国土の狭いイギリス(75ヘクタール)や旧西ドヤソ(15ヘクタール)よりも見劣りします。そのうえ、農家の7割以上はサラリーマンとして働きながら、その合間にコメづくりをしている兼業農家です。これでは生産性が上がらないのは当然でしょう。
世界の森林面積はおよそ39・5億ヘクタール存在し、南極とグリーンランドを除いた世界の陸地の30・2%を占めている。ところが、この森林が驚くほどのスピードで減少をつづけている。環境省によると、2000〜05年までのあいだに、年平均で730万ヘクタールが失われている。数字だけではどれくらいの規模なのかイメージしにくいが、1分間にサッカー場30個分の森林が破壊されていることになるのだ。地域別に見ると、南アメリカ、アフリカ、東南アジアの熱帯林の減少が著しい。ではなぜ、森林破壊は止まらないのか。それには、じつは世界各国の経済活動が大きく関係している。木材を原料とする製品には、丸太、木材パルプ、紙、薪材などがあり、日本をはじめ先進国で大量に消費されている。
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